02
1
4
5
6
7
9
10
12
13
14
16
17
18
19
23
24
25
27
28
29
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

術後9日目・退院

立ち話で退院の話をされてから、毎日のように先生から「今日は外出してもいいですよ」と言われました。
でも、昨年の夏は猛暑・・・いや、酷暑!
病院の周りにデパートでもあれば避暑(?)もできるでしょうが、あるのは自然公園のようなところだけ。
一緒に入院していた方で、家がご近所の方はちょこっと外出して家のことをやってきてしまうツワモノもいらっしゃいましたが、私の家は電車で30分以上の彼方。
それでも一日ごとに歩くのも楽になってきて、先生に言わせると「病院に居てもやること無いでしょう」状態になってきている様子。
そうなると俄然うちに帰りたくなってしまう。
夜に「外は暑いけれど、山梨のおじいちゃんのところなら涼しいかも」と想像したらもうたまらない。
本来持ち込み不可の携帯で旦那さんに「明日、退院出来るって言ったら山梨に行かない?」と自分勝手なメールを打つ。
「山梨に行くのに3時間くらいは車でかかるよ。無理はしないように」と返信。
「でも、この暑い埼玉に居るよりも、山梨のほうが負担が少ないような気がする」とまけずに言い返す。
「まぁ、考えておきます。」と返信。
でも本人すっかり退院する気モードに突入。

次の日の朝の回診でK先生に「ところで今日退院するって言ったら退院できるんですか?」と聞いてみたら「別にすることは無いから事務のほうさえ大丈夫なら、退院できるよ。」とのお返事。
事務のほうに確認してくれると言ってくれました。
私は大喜び。予想外(予定外?)に早い退院になるかも~と浮かれていたら、事務の方から午後なら退院できるとのお返事。
早速病院の外に出て旦那さんにメール。
この日から数日間、彼は仕事がお休みなので、すぐに連絡が付いてくれました。
家のことをやって、午後に病院に迎えに来てくれるとの事。
大急ぎで荷造りを済ませ、精算等に走り回り、あとは旦那さんを待つだけ~。

やってきた旦那さんから「やっぱり山梨は止めておこう」と言われ、やや意気消沈しながらも暑い我家へと帰っていったのでした。
スポンサーサイト

検査入院です。

今日は先日見つかった肝臓の再発をどうするか→取れるものなら手術で取りたいです!という意思を伝えに病院に行ってきました。
先日の段階で、一応主人と相談してきますと返事を保留したものの、基本は出来るのなら手術をするという方向で・・・と話をしておいたのでK先生の方も「肝臓のT先生にはもう話をしておきました。じゃあ、まず肝臓にカテーテルで造影剤を流し込んで撮るCTをやりましょう」という事に。
これ前回の入院の時もやったんですけれど、術後8時間でしたか絶対安静なんですよね。
足の付け根の大動脈を使ってカテーテルを肝臓付近まで入れるので、終わった後に動かして出血しちゃうと大変だから・・・と、理屈では分っていても施術が終わってしまえば特に痛みも無く、動けちゃいそう。
動けるのに動かしちゃいけない。
無意識で寝ている時には動かないのかもしれないけれど(いや、私は寝相が悪いからそれでも動いているかも)起きているのに動くな!というのは結構キツかったと記憶しています。
でも、それをやって肝臓の状態をしっかり把握してから手術できるかどうかの判断を・・・と言うのは「当たり前」なので、諦めて検査入院してきます。
とは言っても、私がお世話になっている病院、確実な入院日は電話で知らせてくる方式なので、一体何日になるのやら??

そうそう、旦那さんが「自己癌ワクチン」「自己免疫療法」はどんなんだろう?と言って居ります。
費用は保険適用外なのでかなりかかりそうですが、抗がん剤のように副作用は強くないらしいです。
でも、どうなんだろう?
とりあえず新聞に載っていた製薬会社に資料請求をして見ました。

術後6日目

午前中に執刀医の先生から手術の報告と術後の説明を受けることになりました。
なので、今日は旦那も参加。
11時に病室にM先生が呼びに来てくれて、使っていない面談室のようなところへ。
パソコンからデータを呼び出して、病変部分の画像を見せてくれて説明。
周りのリンパ節は34個とって、そのうち3つに転移が見られたとの事。
通常ステージⅣの場合、病巣を取り切ったと思われる状態での抗がん治療の研究はなされていないので、ステージⅢベースで治療をしていきましょうとの事。
フムフム。よく分からないけれど、分ったような顔をして聞く私。
旦那さんはデータをもらえるかと交渉していました。(後日郵送でフロッピーに書き込んだデータを送ってくださいました。しかし、イマドキフロッピー!?)
抗がん剤はロイコボリンとUFTを4週間経口薬で飲んで、1週間休み。これを5回繰り返すと言うもの。
術後一ヵ月後くらいから開始するので、治療を受けるか否か、考えて置いてくださいといわれました。
そうね、自己責任の時代なのね。

そして退院のお話も出ました。
元気そうだから7日に退院でどうか?との事。
そんなに早く!?と思わず言ってしまったら、先生曰く「元気な人には退院してもらうんです」だそうです。
しかも退院の相談、立ち話でしたから。
本当に元気そうに見えたんでしょうね。

術後4日目

今日は大腸の方の管と、手術後背中にず~っと背負っていた麻酔を抜きました。
いつも点滴台で私と一緒に移動していた二つの物質、ポチとタマと名付けて(いつも一緒にお散歩だから)それなりに愛着もあったけれど、やっぱり取れてくれると解放感~♪でした。
手術後、おなかの全面を覆っていた綿のような物も取り除かれ、自分の傷跡とご対面。

おお~!こんな風に切ったんだ。
術前の先生のお話では大腸の切腹と肝臓の切腹の跡はつながって、情のヘン(りっしんべんだっけ?)のくっついたような形になる予定だと。
で、現状は大きな人の字の下に縦棒1って感じです。

6年前に子宮頸がんの手術をした時に下腹部に縦棒1は既にあったんで、プラス人?みたいな感じでしょうか。
看護婦さんが傷を見て私が動揺しているんじゃないかと心配してくれていました。
う~ん、嫁入り前だったらかなり動揺するかも・・・(何年前の話をしているんだ!?)

回診に来たK先生曰く「懇切丁寧に縫ってみた」そうです。
ところで先生、人の字の又の下の部分(みぞおち位の所)って触っても感覚がないんですけど。と質問したら「ああ、神経切っているからね」とのご返答。
いつか神経って復活するのかな~?

夜、テレビを見ていたら加藤登紀子さんとご主人の闘病記みたいな番組をやっていました。
彼女の歌う千の風になってを聞いたら、ボロボロ泣けてきてしまった。。。

肝臓に・・・

今日は先月末に撮ったCTの結果を聞きに行きました。
手術をしてから半年。
1回目の検査をクリアできたので、今回も何も無いはず。
そう思っていたのですが、どうやら肝臓に再発のようです。
今のところ2ヶ所。1センチ程度の影が見えます。
来週に肝臓の手術を受け持ってくれた先生にお会いして、もう一度精密な検査をするかどうか打ち合わせをすることになりそうです。
病院で会計が終わった後に旦那さんに電話をしました。
もしかして私以上に気落ちさせてしまったかも・・・

でも暗くなってもいいことは無さそうです。
また新たな戦いですが、頑張るっきゃないですね。

術後3日目

肝臓からの分泌物を体外に排出するためのドレーンが抜けました。
3本が1本になっただけだけど、ちょっと身軽になったみたいで嬉しい♪
でも朝から咳が出始めて、おなかのキズに響いて結構キツイです。
くしゃみは予感(?)があるんで身構えられるけれど、咳は突然なんで・・・
そういえば手術の前にタンを切るための腹式呼吸の練習をやらされたっけ。
う~ん、確かにタンが絡んだような感じで喉が嫌だよん。
これは辛いので看護婦さんに咳止めを出してもらいました。
不思議なことに歩いていると咳が出なくて、横になっていると出る。
これは歩いた方がいいってことなんだろうか?

そして本日から食事も出してもらえました☆彡
朝の回診の時に主治医のK先生が「食べたいようなら出せるよ」って。
え!食べたいです。(点滴をしているとそれほどおなかは減らないと周りの人は言っていたけれど、私は食いしん坊なもので・・・)
K先生「おかゆにする?それとも普通のご飯にする?」
・・・普通食で大丈夫なんですか?(重湯は苦手なんで普通食が食べられるならかなり嬉しい)
K先生「よくかんで食べれば一緒でしょ。大丈夫だよ。」
でも、まだガスとか出ていないんですけど。
K先生「あはは!そんなの迷信、迷信!じゃ~お昼から出してあげるね。」と。

さすがにまだ食堂で食べる元気は無かったんで、部屋食にしてもらいました。
そして出てきたメニュー。
・チキンカツ
・グリーンサラダ
・けんちん汁
・米飯

・・・よく噛めば一緒だって言っても、いいんですか!チキンカツ!!
でも良く噛めば・・・という先生の言葉が頭をグルグルして、本当に一生懸命噛んで食べたら疲れてしまって、ご飯一口、カツ6分の1、おつゆ少々でダウン。
食事をするって、結構体力使うんですね。

昼食後のK先生との会話。
K先生「どうだった?ご飯食べられた?」
いや・・・やっぱり突然の普通食は無茶でした。
K先生「だって、harusameさんが食べたいって言ったんじゃな~い」
×××夕飯からはおかゆをお願いします!!

でも次の日からはまた普通のご飯に戻してもらっちゃいました。
やっぱりおかゆより普通のご飯の方が好きだ~!

手術後1日目

前日の雷と大雨がウソのように静まった次の日の朝、看護婦さんから「外で○○さんと○×さんが心配そうにお待ちですよ」と知らせてくれました。
○○さんはお隣のベッド、○×さんは斜め向いのベッドの方。
同室になったというだけの縁なのに、本当にありがたかったです。
でも出て行って御礼を言える状態じゃない(苦笑)
それでも午前中に看護婦さんに手伝ってもらって手術着からパジャマに着替えをする。
おなかにで~っかいパッドが貼ってある。
夜中眠れず、体も動かすことが出来ずに妙な力が入っていたみたいで肩がメチャクチャ痛い。
腰の辺りから3本も太い管が出てる。うげ~!!
着替えが終わってホット一息ついたと思ったら「お部屋へ戻りましょうね。歩けますか?歩きましょうね~」と笑顔で悪魔のようなことをさらっとおっしゃる看護婦さん。
ドレーンの袋、点滴をぶるさげた点滴台を杖代わりにヨロヨロフラフラしながら前日の朝までいたベッドに戻る。
○○さんも○×さんも笑顔で迎えてくださいました。
術後1日目でも歩けるようならできるだけ歩きましょう。
もしふらつくようならナースコールすれば来ますから!ときっぱりと言い切って看護婦さんは去っていきました。
トホホ・・・体中にヘンな力が入っていて、歩くスピードは亀より遅い。。。
それでも「ずっと寝てると癒着が起こりやすい」と言う言葉に励まされ(?)、今ひとつ自分がトイレに行きたいのかどうかの感覚も戻ってこないので、失敗するよりは・・・とトイレ行脚。
本当に疲れた・・・

その日の夜、前日の雷雨で順延された花火大会がありました。
ちょうど私達の居る病室から見える位置に花火が・・・
でも、私の横たわるベッドからだとちょうど死角になるようで音だけ。
それでもいいかと思っていたら○○さんが看護婦さんにお願いして、ベッドをずらしてもらえました!
まだ自力で半身起こしているのが辛かったので、電動ベッドの背もたれをマックス上げて、日中のトイレ行脚で体力のほとんどを使い果たし、今にも閉じそうな瞼を必死で持ち上げて、生きて帰って来て花火まで見られたことに感謝しつつブラックアウトしていきました。

いよいよ手術

30日、朝一番8時半にベッドを出発。
8時には旦那さんと実父が来てくれました。
アクシデント無しで6時間の手術。麻酔が効くまでと、覚めるまでの時間をプラスして計7・5時間の予定。
手術用ガウンを前後逆に着用して、髪の毛はシャワーキャップみたいな中に詰め込んで、看護婦さんの後についてスタスタと・・・
手術室前で旦那さんと父に手を振って別れ、手術台の上に乗って海老のように背中をかがめて背中から麻酔を・・・でブラックアウト。

次に気がついたときにはナースセンター裏の回復室でした。
もう夜になっていて、外は凄い風と雷。
その日はJ医大病院のある地域の花火大会だったんだけど、中止になったんだそうです。

お隣のベッドには同室の転院してきたおばあさんがやはり手術を終えて来ているようでした。
ぼんやりと外の雷や風の音を聞きつつ、でも、なんだか体中痛いようなだるい様な。
夜中に何度も看護婦さんが来てくれて、氷枕を作ってくれたり、お水を飲ませてもらいました。
体の横から何本も管が出ているのが、なんとなく感じられて体を動かすのもちょっと怖い感じ。
声をかけられたとき以外はじっと無言の私とは違い、お隣のベッドではしょっちゅうナースコールで看護婦さんを呼んでは、あれこれと要望を出している様子(笑)
痛みよりも、お隣の文句を言う声で眠れなかった一晩でした。


後日談として、手術室から出てきた私と旦那さんは二言三言、話をしていたんだそうです。
正直言って、全く覚えていません。(薄情?)
旦那さんの証言によりますと、子宮頸がんの手術後よりも元気そうな顔色だったそうです。
手術時間は8時間。
その間、父と旦那さんはじっと待っていてくれたんですね。
本当にありがとうございました。

手術前

2007年7月26日に入院して、30日には手術予定。
今回スピーディーです。
入院当日に肝臓の検査が入って、いきなり昼ごはん抜き。
辛かったです(-0-;;
次の日には手術の説明・麻酔の説明・術前の諸々・・・と結構パタパタ。
肝臓のCTの結果、転移は5箇所。
1箇所だけ太い血管の近くなんで注意が必要だけれど、なんとか手術で取れるのではないか。
ということで、1回の手術で大腸と肝臓、両方を切ることに。
手術の説明で、こんな感じで切ります。と、ホワイトボードに書かれた予定図(?)の範囲の大きさにかなりビビリました。
これからは風呂屋にいけない体になりそうだ・・・と。

向いのベッドには他の病院から回されてきたおばあさんが入りました。
入院していた病院では手術が出来ないので、J医大病院で手術を受けるための転院だそうです。
手術日は私と一緒の30日の予定。
なんだか不平・不満がたくさんある方らしく、起きている間はず~っと文句を言っていて、寝てからも寝言で怒っているような御仁でした。

プロフィール

harusame

Author:harusame
都内在住。二人の子供を持つ専業主婦です。
32歳の時に子宮頸がん0期で手術。
そして38歳では大腸がん肝転移でしたが手術で摘出。
半年後に肝臓に再発、手術!
そして09年には肝臓とリンパ節にも転移か!?
化学療法で手術可まで持ち込んで、3回目、4回目の肝臓手術。
只今、またしても!の再発(肝臓)と交戦中!!

ご訪問ありがとうございます

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。