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一般病棟復帰から退院までの徒然・・・3

とりあえず、胸水抜きを逃れたharusameでしたが、経過観察を続けるも、どうやらあまり状況としてはよろしくない様子。

特に自覚症状はなかったんで、本人は暢気なものでしたが。

体の方は日にち薬のおかげで、日に日に元気になってきている気がしていました。

そして週末。

「harusameさん、もうだいぶいいみたいだから退院考えておいてね。」

「どの位で大丈夫ですか?」

「う~ん、月曜でも、火曜でも。」

「はい!相談してみます!」

正直言って「天にも昇る気持ち」でした。

今までの病院は、結構入院日数が早い段階で退院打診だったんで「もう少し休ませて欲しいかも」って感じだったのですが、今回お世話になったN大は慎重派。
私的にはもう充分静養させてもらいましたって気分になっていたんですね。

で、お友達には「月曜日、退院予定やった~!」なんてメールを出したりして。

土曜日には旦那さんと相談して、月曜日お仕事で迎えに来るのが難しいから、最低限の物を残して荷物を持って帰ってもらうことに。

ロッカーの中、すかすかです。

でも、心の片隅で「あれ?CT撮るって言ってたけど・・・胸水はどうなるのかな?・・・胃カメラはパスでいいのか?」なんて思っていました。
でも、わざわざ自分から地雷を踏みに行く事はないかと・・・

日曜日、病院もお休みで、一日何もなく過ごし、夕刻M先生が「えっと、退院だっけ?」と来ました。

「はい!」と元気に答える私に「じゃ~、CT撮って・・・火曜日かな?」と。

あれれ?そうなの?後ろにいるA先生がちょっと困ったような顔。でも、仕方ないか。

「はーい」とちょっとトーンを下げる私。それでも火曜日。あと二日!

そして、月曜日。予定通りCTをやって、退院の準備とばかりに残りの荷物を片付けているとA先生がやってきて

「harusameさん、やっぱり胸水抜くことになりました。明日の朝!それで退院!」と。

え~!結局逃げ切ることはできなかったか(><;)

でも、まぁ、仕方ないか・・・と。「退院」の前のハードルなんで不承不承OKです。

そして火曜日の朝。

M先生がやってきて「えっと、harusameさんね。今日胸水抜くじゃないですか。それで、そのまま退院って言うのは危ないんじゃないかと・・・」


って、ええ~!なんですってぇぇぇ~!

胸水の対処法としては針を刺して抜くのと、利尿剤を使って体外排泄させるのとあるらしい。

「じゃ~利尿剤で!で、今日退院します!」と宣言してみたんだけど、採用されませんでした。

とりあえず抜いてみて、その量が少なければ、夕方に退院許可。

もし、多かったらもう一晩お泊まり。。。




そんな~!退院の日にそんなのアリ!?

こうなってくると、助けられたカメの逆恨み。

あの時に抜いておけば今頃は大手を振って・・・なんてね。

まぁ、とりあえず量が少ないことを祈るばかりです。




またしてもHCに行って、背中をまくりあげ、肋骨の辺りを指でグリグリ。

で、今回は浦島太郎さんは現れず、刺されました。(もちろん局所麻酔してからね)

自分では見ることができませんが、刺された針につながれた管から自由落下(?)で胸水が出ているようです。(パックの中に入っていくようです)
机にうつ伏せるような格好で、背中丸出し・・・その状況を見てM先生

「この格好で逃げだそうとは思わんだろう。」






ば、ばれてましたか~!

っていうか、思っていても言うか?そんなセリフ。

さらにM先生。


「痛い?痛いよね~。も~W先生を殴るなり蹴るなりしてください。」


と、勝手にW先生標的許可だしちゃってるし。

そして、なんだかんだで30分以上経ったころ、M先生再登場。


「harusameさん、悲しいお知らせが・・・もう一泊、決定になりました。」










本当は「いやじゃ~!」と騒ぎたいところですが、背中に針刺さってるし・・・大人しく「はい」


結果として1リットル以上の胸水が抜けました。

で、それまでベッドに寝起きするときに、ちょっと胸の辺が圧迫されるような感じ、これが胸水のせいなんだということが分かりました。
抜いたら寝起きがラックラク♪胸苦しくて咳が出たのは胸水のせいなのね~。

一泊(計二泊)延期は悲しかったですが、抜けたら抜けたで快適でした。

そして次の日はレントゲンだけ撮って、無事退院!


ああ・・・長かったような・・・やっぱり長かった!!

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一般病棟復帰から退院までの徒然・・・2

術後も5日も経過すると、点滴台のお供はつくものの、歩くのもかなり楽になってきます。

食事も3分粥から始まって、5分粥、全粥と昇格♪

そんな中「エコーの検査しましょう」とA先生。

肝臓の方のエコー検査かと思いきや、肺の下、胸水の検査との事。

「ああ…溜まってますね。」

そういえば、手術の説明の時に考えられるリスクの中に胸水、あったなぁ。

「う~ん・・・抜きましょうか。」

ええ~!今まで手術してきた中で胸水抜かれるなんて、初めての体験だよ!!

「せ、先生。それって痛い??」必死の形相の私を哀れに思ってか「まぁ痛いです」と軽く答えるA先生。

じゃ~後で抜きましょうねってことで、一旦撤収。

うへ~。どうなるの??

夕方になってHCのお部屋へお呼び出し。

「もう一回エコーで見ましょうね。」とA先生。T先生とかもいて「刺すとすれば、この辺?」などと不穏な発言(==;)

「先生、痛いですか??この検査で泣いた人、います??」

うろたえる私にA先生、先ほどとは違って「大丈夫、泣いた人いませんから。」




絶対に刺す気だ~~!





半ばあきらめの境地に達し、煮るなり焼くなり、好きにしてくれモードに入ったところにW先生登場。

「あ、胸水見てるの?ふむふむ・・・これね。う~ん、抜くほどじゃないんじゃない?」

W先生の意見が通って「経過観察」ということに。






今の気分を表すなら・・・浦島太郎に助けられたカメ!ですね。

脱兎の如く自分の病室に飛んで帰る私。おい、患者だろ??

でも、これが後々の災厄の種になろうとは、知る由もなかったのでした。

一般病棟復帰から退院までの徒然・・・1

一般病棟に戻って、なんとか点滴台にすがってながら歩き始めました。
ヒーヒーです。
でも、次の日には導尿の管が外れ、かなりすっきり~。
これでパジャマになれる♪というのが嬉しかった!
だって、やっぱりヨレヨレの浴衣って、自分的にかなりみっともない。
スレンダーな人なら大丈夫なのかもしれないけれど、私の現状は胸元にはリザーバーから点滴の管が繋がっているんではだけ気味。腰紐の下も、各種ドレーンが繋がっていて、それが点滴台下部へ・・・ということで、やっぱりはだけ気味。
つまり上も下も「はだけちゃてるよ~ん」状態。公衆衛生に反するだろう!?って感じ。
看護師さんに訴えてみても「みんな同じだから大丈夫ですよ」って。
確かに同じ状況の人も大勢いる。みんな頑張ってる!それはわかるけど、病院には病人以外にも術前の元気な人や、回復期の人、大勢の見舞客がいるじゃないっすか。
なのでこの「ヨレヨレはだけまくり状態」の時は、出来るだけ面会時間は出歩かないようにしていました。
28日には導尿の管が外れ、トイレですっきり♪CTとレントゲンをやりました。
この日のCT、造影剤を使ったあと、何だか気持ち悪くなって・・・まぁ、吐くことは無かったんですけど、何となく怖くなるものですね。これが副作用か!?
でも、その後は平気だったから万が一副作用だとしても軽いものだったようです。

29日には教授回診があり、右横隔下から出ていたドレーンが抜けました。
それに伴い、点滴もどんどん減って、かなり身軽に♪
しかし、その夜・・・というか、夕刻。
旦那さんがお仕事帰りに見舞いによってくれていた時の事。
担当医の回診があり、その時に「あ、そう言えば硬膜外麻酔がほぼ空になってるようなんですけど」と訴えました。
硬膜外麻酔のポンプはお持ち帰り抗がん剤とよく似ていて、大体なくなる感じが分かったんで・・・
「では、後で補充しに来ますね」と言って、担当医は去って行ったのですが・・・

なかなか来ない。



だんだん、痛くなってくる。





まだ来ない。



旦那さんが心配してナースコールしてくれる。




看護師さんはすぐ来てくれるけど、硬膜外麻酔は先生じゃないと入れられないとの事。

「結構痛いんです。。。」

いや、本当に、結構な痛さ。
痛さに対しては、かなり我慢強いと自負していたんだけど…認識を変えなきゃいけない?と思うくらい、痛い。

ちょっと脂汗(冷や汗か?)流しながら待っていると、研修医の先生が。

「とりあえず、この痛み止め落としますね。」と点滴の痛みどめを持ってきてくれました。


ふぅ。。。とりあえず脂汗は、なんとか・・・かな。

でも、やっぱりジワジワ痛い。

この痛み止めの点滴、パッケージが他のものよりも格段に小さい。

これが落ち切る前に、先生来てくれるんだろうか??

そんな事を、旦那と話していると、回診の時に一緒にいた先生(研修医)が硬膜外麻酔の補充を持ってやってきてくれました!


「お待たせして、すみません。じゃ~、入れますね。これって、補充は一回しかできないようになっているんですよ。一番痛みがあるのが4,5日までなんで・・・ここで補充すればあと2日間は大丈夫だから」
と言いながら、容器を取り出し補充開始。(注射器4本分程度だったと記憶しています)

一本終了。

二本目投入・・・・ペキッ。















ペキッ?







なんと、補充していた容器の口に、充填用の注射器の口がハマり込んで、しかも折れた~!!(@@;)

 
私らも焦ったが、先生も焦ったらしい。

どうにかしてハマり込んだブツを取り出して続きを充てんしたいけれど、いかんせんしっかりとハマり込んで抜けない。
ペアンを使ってコジリ出そうとしてもビクともしない。

「ちょ、ちょっと待っていてくださいね!」

そう言って走り去る先生。。。見送る私たち。

無情にも点滴はどんどん落ちていく(--;)


この間、改めて硬膜外麻酔の素晴らしさに感謝していました。

本当に痛みの根本から止めてくれていたんだな~。

ありがたいなぁ~。



だから、早く来て~!!


しばし後、先生が新しいポンプを持ってきてくれました。

幸い、点滴の痛みどめの落ち切る前。ああ、ありがたや。

硬膜外麻酔が入ってくると、今までジワジワ痛かったのがウソのように消えていきます。

やっぱすごいぞ、硬膜外麻酔!!

普通の顔色に戻った私を見て、旦那さんは安心して帰って行きましたとさ。チャンチャン。

手術当日~一般病棟に戻るまで

手術当日は一番最初に手術室に入る、8:15分出発のコースでした。

浣腸でお腹をすっきりさせ(って、何も入ってないよ)T字帯と浴衣に着替え、ナースセンターへ。

そこでストレッチャーに乗せられて、手術室へ~。この時付き合ってくれていたのは旦那さんです。

手術室前で「じゃ、また」と別れ、中へ。

私は知りませんでしたが、この後に旦那さん「肝臓の手術3回目ですから、多分癒着を剥がすのに午前中いっぱいかかるかもしれません」と説明を受けていたそうです。

私は中で、点滴のルート確保、硬膜外麻酔の準備等々、言われた通りに体を動かしつつ、闇の中へ・・・




麻酔から覚めて、顔を見せてくれたのは父でした。

それにしても、やけに暗いなぁ。

時間を聞いてびっくり(でも納得)!夜の10時を過ぎているそうです。

そんな時間まで、待っていてくれた父に感謝です。(ちなみに旦那さんは午後から仕事だったため、途中で父にバトンタッチして、お仕事に行ったのでした。)

無事な顔を確認して、父は子供たち(孫たち)を連れて、実家である群馬に引き上げていきました。

術後のICU.

毎度のことだけど、うとうとってすると何かしらの機械の音がしたり、血圧が自動で測られたり、他のベッドの声が聞こえたり・・・

私自身も熱が出たらしく、暑くて、喉に違和感があって、水が飲みたくて・・・と朦朧状態。

それでも朝になると、窓の外が明るくなるにつれ、ちょっとだけ気分が良くなってきました。

この頃から体位を変えたり、看護師さんと、少しだけど話ができるようになってきました。

水は、うがいをするだけならいいですよ~と吹飲みから貰い、吐き出す。

「もし、ゴクンって飲んじゃったらどうなります?」と聞いたら

「今、鼻から胃まで管が入っているから、飲みこんだら鼻からピュッと出るかな?」との返答。

そっか、この喉の違和感。管が入っているからなんだ。

つばを飲み込むにしろ、話をするにしろ、本当に喉が気持ち悪い。

どれ位で抜けるか聞いたら「明日の朝には」だって。うう・・・先は長い。

とりあえず、順調に回復して行ったらしく、午後にはナースセンター横のHC(ハイケアーというんだそうです)に移動。

ここで、やっと胃の管を抜いてもらえました!ああ、気持ち悪い。ノド痛い。

この喉の痛さだけで、もう次は絶対に手術を受けたくない!って思えるほどのインパクトがあります。

本当なら、このHCの部屋で一泊し、次の日には一般病棟に移るのですが、発熱が続き、もう一泊することになりました。

熱がなかなか下がらない私の枕元で、名前を知らない先生が

「手術で肋骨切ってるから、熱が出てもしょうがないね。」と・・・

え?肋骨?切って取っちゃったの?聞いてないよ~!とか思いつつも、突っ込む気力はありません。

二泊目の夕方辺りから、歩行許可が出て、フーフー言いながら、点滴台に寄りかかりつつ歩行開始。

昼間に引き込まれるように眠っていた報いか、夜全然眠れなくて、夜中に看護師さんに「散歩に行っていいですか」と諸々のパックを点滴台に移動してもらい(つまり自分一人じゃ勝手に動けない状態なんです)フラフラとさまよい歩いていました。

入院階のロビーに行ってみると、お一方先客が。

「大変そうだね。術後何日目?」

「3日目です。」

「そう、それ位が一番大変だよね。俺はもう21日目。」

そうなんだ・・・っていうか、術後21日目になるまで、入院していなきゃいけないってこともあるんだ。なんて考えながら、また点滴台にすがってHCへ戻りました。

そして次の朝、一般病棟へ看護師さんに付き添われながらではありますが徒歩で戻ったのでした!

入院の話~手術前夜まで

予想外の7月21日からの入院で(予定では8月下旬だった)、結構バタバタな準備期間でした。
幸いなことに子供たちも夏休みに突入し、またしても実家で面倒を見てもらえるとの事で、そこは心配なし。
でも、自分自身のN大入院が初めてなんで(手術入院はね)、準備はしたものの「これで本当に大丈夫?」って感じでした。
21日の朝は旦那さんが荷物を持ってくれてリザーバー設置のために入院したのと同じ病棟へ入院。
手術当日は旦那さんが午後から仕事なんで、実父が交替して待っていてくれることになったんだけど、その時に病棟が分からないんじゃ困る!と、実父も21日に様子見に来院。
検査も心電図やレントゲンと、辛くないものばかりで、入院とは言うもののお気楽状態。
次の日には朝から肝機能検査とやらで、体内に鮮やかなグリーンの薬を入れて、その代謝の度合いを測るために時間経過毎に採血(--;)
その後、大腸内視鏡検査が入ることになり、前の晩の下剤に引き続き、ニフレック2リットル・・・
相変わらず、拷問だと思いました。またしても完全に飲みきることはできずダウン(><;)
でもなんとか検査は出来る状態だったんで、決行してもらい「大腸問題なし」のお墨付きを頂きました。
23日はCT検査が入った以外は、特になかったかな?術前の準備として剃毛とおへそのお掃除、手術室に持っていく物品の確認。
この物品が曲者でした!
以前お世話になっていたJ医大は手術の時には術着を着て入室し、術後は一般病棟に帰る頃にはパジャマでオッケーという感じだったんです。

が、こちらは浴衣、腹帯、T字帯、各三組!


え~~~~。ガーゼ浴衣なんて、退院したら絶対使わないよ~!なんて内心思いながら、でも手術は明日。。。これも作戦?(病院内の売店では売っている)とか考えちゃいました。

でも、病院内で買うと、いわゆる定価。高いのである。

なので、お見舞いに来てくれた旦那さんを捕まえて「ハッピーロードで買ってきて!」とお願い。

ちなみに入院する時に一枚は用意してきたんですが、これもハッピーロードで1900円なり。

病院内では3500円程度するんだから、1900円でも結構満足していたんです。


それが!うちの旦那さん、なんと980円の最安値を見つけてきました~!

凄い!着心地は別に問題なし。素晴らしいぞ、旦那さん

そんな訳で、納得いかないながらも大満足のお買い物をしてもらったharusameでした。

夜には下剤。

朝には浣腸。。。数日前に大腸内視鏡のためにお腹ほぼ空っぽにさせられたのに、これでまた空っぽです。

プロフィール

harusame

Author:harusame
都内在住。二人の子供を持つ専業主婦です。
32歳の時に子宮頸がん0期で手術。
そして38歳では大腸がん肝転移でしたが手術で摘出。
半年後に肝臓に再発、手術!
そして09年には肝臓とリンパ節にも転移か!?
化学療法で手術可まで持ち込んで、3回目、4回目の肝臓手術。
只今、またしても!の再発(肝臓)と交戦中!!

ご訪問ありがとうございます

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